時代を築いた名馬”トキツカゼ”

時代を築いた名馬”トキツカゼ”とは

通算成績30戦11勝と数々の名勝負を飾ったトキツカゼは、戦後の競馬において名馬として時代を作りました。デビュー戦は1946年で、該当レースでは2着だったものの、翌1947年には皐月賞で勝利します。続いて優駿牝馬でも勝利するなどの活躍を見せ、周囲の期待や予想に応えて日本ダービーでも優秀な成績を残しています。

トキツカゼの馬主は川口鷲太郎で、おもな調教を行った調教師は大久保房松です。大久保房松は騎手としても活躍した人物で、調教師としても抜群の腕を持っていました。トキツカゼの父馬はプリメロで、母馬は第五マンナですが、母の父として現役競走馬時代に多くの戦歴を残したシアンモアがいます。

時代を築いた名馬”トキツカゼ”の活躍

戦前から戦後にかけて発展途中の競馬の中で、トキツカゼはカブトヤマ記念や農林大臣賞でも圧倒的な走りを見せて勝利を獲得し、競馬ファンから支持を得ました。

1949年に引退すると、繁殖牝馬として次々に名馬を生み出します。トキツカゼの子供であるオートキツは日本ダービーで活躍し、オンワードゼアは有馬記念や天皇賞といった大型のレースに出走しました。トキツカゼの血を受け継ぐ競走馬としては、ほかにもウメノファイバーやウインラディウス、サンデーウェルなどが挙げられます。競走馬としての競走成績や、オートキツやオンワードゼアを輩出した成績により、1984年には顕彰馬としての栄誉を得ています。基本的に競走馬としてに経歴が重視される顕彰馬の中で、産駒としての成績によって顕彰された馬はトキツカゼのみとなっています。

競走馬としてレースでも好成績を残し、産駒としても強い血統を作ったトキツカゼですが、1966年に静かに生涯を閉じてました。死亡原因は子宮内出血となっています。