時代を築いた名馬”ハクチカラ”

時代を築いた名馬”ハクチカラ”とは

ハクチカラは、東京優駿(日本ダービー)と秋の天皇賞、有馬記念に優勝し、日本馬として始めて海外へ長期遠征を行った競走馬として知られています。

ハクチカラの功績は何と言っても海外への長期遠征です。ダービー馬で秋の天皇賞や有馬記念では単勝支持率がそれぞれ85%、76%となり、G1において単勝元返しの記録を持つ、現役最強の年度代表馬の海外遠征は、当時、まだ競馬後進国であった日本に多大な影響を与えました。

史上最多勝利数を誇る尾形藤吉調教師は現地に適応する重要性と痛感し、また、主戦騎手の保田隆芳も競馬文化の違いを肌で感じ、現代では当たり前となった鐙を短く詰めて騎乗するモンキー乗りや、鞭などの馬具などを持ち帰り、日本中央競馬会に調整ルームの設置を求めるなど、日本競馬の発展に大きく貢献しました。もちろん、これだけの名馬を未知の世界へ送り出した馬主の西博の勇気も称えられるべきものです。

時代を築いた名馬”ハクチカラ”の活躍

アメリカに遠征したハクチカラの競走成績は17戦1勝であり、目立った戦歴を残せたわけではありませんでした。しかし、大敗を繰り返しても遠征を続けた結果、徐々に好走できるようになり、11戦目のワシントンバースデーハンデキャップで、16頭立て15番人気と戦前の予想を覆し、当時の世界賞金記録を持っていたラウンドテーブルを抑えて日本競馬史上初となるアメリカ競馬の勝利を達成します。

その後もアメリカは走り続けたハクチカラは日米通算成績49戦21勝で引退し、日本で種牡馬となります。しかし、当時は内国産種牡馬が軽視されていた時代であったことから、1968年にインドに寄贈され、多数のインドクラシック馬を輩出しました。

ハクチカラの経歴は、世界へ飛び出し日本競馬の発展させる為のものと言っても過言ではなく、その功績を称え名馬が集う顕彰馬に選出されています。